大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ワ)12200号 判決

主文

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載一の建物を明け渡し、かつ、連帯して、平成元年七月一八日から右建物明渡済みまで一か月九万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が被告柳田健次(以下「被告健次」という。)に対し、賃貸借契約の解約申入による契約終了を理由に、被告有限会社蘇命堂柳田薬局(以下「被告柳田薬局」という。)に対し所有権に基づき、それぞれ建物の明渡しを請求するものである。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、別紙別件目録記載一の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

2  田中良輔は、昭和二〇年三月ころ、本件建物を柳田正三に賃貸した。

3  柳田正三は昭和五二年一月二二日死亡し、子である被告健次が、相続により本件建物を賃借人の地位を承継した。

4  田中良輔は昭和六一年一月二〇日死亡し、子である原告が、相続により本件建物の賃貸人の地位を承継した。

5  被告柳田薬局は本件建物を占有している。

6  平成元年一月一八日、原告は、被告健次に対し、本件建物の賃貸借契約を解約する旨の意思表示をした。

7  昭和六〇年六月以降、本件建物の賃料は一か月九万二〇〇〇円であつた。

二  争点

本件の争点は、原告の解約申入につき正当事由が認められるかどうかであり、原告は正当事由に関連して多岐にわたる具体的事実を主張しているが、中心的な争点は、本件建物の老朽化の程度、原告が本件建物を取り壊して建物を新築する必要性及び被告らが本件建物を使用する必要性等の点である。

第三  争点に対する判断

一  建物の老朽化について

本件建物は、昭和二年に建築され、既に六四年の歳月を経て、以下のように老朽化が進み、固定資産評価額も昭和三六年に二五万五〇〇〇円とされてから今日に至るまで変更がない。

1  本件建物の南西の通し柱は上部が一六、七センチメートル東側へ傾斜している。

2  本件建物店舗部分の床面は南西へ向かい、傾斜しており、傾斜の度合いは店舗南奥の部分で南側に七五センチメートルにつき一センチメートルの割合である。建物の傾きは、床を歩けば傾斜が分かる程度にまで達している。

3  本件建物の南西の通し柱の上部は、東南方向にねじれている。

4  本件建物の前面のシャッター部分は東側が下がり、床面及びシャッター部分に接続する建物本体も東側に傾斜している。

5  本件建物の二階は物置になつている。

6  本件建物の物置部分(別紙物件目録記載一の2の付属建物)については、壁板は外れ、全体的に北に傾き、一階の戸は開閉できなくなつており、二階は不用品が乱雑に置かれ、朽廃状態にある。

7  建物の土台も腐つており、既に昭和六〇年六月時点で釘がきかない状態であつた。

8  本件建物は、昭和一一年の道路拡張の際、北側の傾斜地を地盛して埋め立てた土地上に跨がつており、地盤は軟弱である。さらに昭和五三年ころ、道路の下水道工事を契機に地盤が東南に沈下したので修復工事をしたが、再度地盤が沈下している。これに伴い敷地の土留めのコンクリートも膨らみひび割れしており、地盤は崩壊の危険に瀕している。

二  原告の事情

(以下の認定に供した証拠は、後に別個に掲げるものの他)

1  本件建物及びその敷地は、原告が育つた場所である。

2  原告が居住している家は、木造モルタル塗りの二階家で、昭和二八年に建てた住居を移築したものであるが、土地は道路工事のアスファルトや粘土の混ざつた粗悪な土で埋められ、排水が良くないのでかびや害虫が発生する率が多く、白アリのため建物の一部や木戸が傾いたり、湿気で畳が腐食することもある。柱や床も害虫に侵され年三回程度殺虫剤を散布して建物の保存に努めている。昭和六一年には隣地に六階建ビルが建てられ、陽もあまり当たらなくなつた。

3  原告は平成元年一〇月二六日冨岡元生と養子縁組し、右養子夫婦と同居しているが、収入の不足を補うために家の二階を人に貸し、一階に住んでいることもあり、現在の家では手狭で不自由である。

4  原告は、現在六六歳であるが、本件建物の明渡しを受けた後は、これを取り壊し、鉄骨造地下一階、地上五階建位の事務所兼住居用のビルを建築し、その一部に息子夫婦と居住し、他は賃貸して建築費の回収と収入の安定を図り、老後の生活を支える基盤とする予定である。

5  原告は、本件建物及びその敷地のほか、別紙物件目録記載二ないし五の各不動産を所有している。

三  被告らの事情

(以下の認定に供した証拠は、後に別個に掲げるものの他)

1  被告健次の母柳田八重は、本件建物から七〇メートル玉川線よりの同じ商店街に、別紙物件目録記載六の建物(賃貸マンション柳田ビル。以下「柳田ビル」という。)を所有し、この各部屋を賃借人に貸し、賃料収入を得ている。

2  被告健次は、本件建物を住居として使用せず、柳田ビルに居住している。

3  被告健次及びその先代は薬剤師として、本件建物で柳田薬局の名のもと数十年来薬局営業を継続してきた。被告柳田薬局は、被告健次が代表取締役、被告健次の妻柳田たみ子及び柳田八重が取締役に就任している、被告健次の個人会社である。

4  柳田ビルの四軒先(距離にして三〇ないし四〇メートル)には同業である「うさぎ薬局」が開業している。

5  被告健次は、本件家屋付近に別紙物件目録記載七の(一)ないし(四)の物件を所有しており、このうち店舗に適した部屋である同目録記載七の(四)の物件については陶磁器卸商の鳥居某に貸与している。

四  その他の事項

本件建物のブロック塀は昭和五四年の東京都世田谷区都市環境部防災課の調査の際に、その危険性が指摘され、改善勧告を受けていたところ、被告健次は、本件訴訟係属中の平成二年一〇月三一日、原告の承諾を得ることなく、ブロック塀を撤去し新しい塀を造り、本件建物の雨漏りを防ぐため、平屋部分のトタン屋根全体に板を打ちつけ、元の屋根をそのままにして、その上をカラートタンで覆う工事に着手したため、原告と被告らとの間に紛争が生じ、原告は被告らを債務者として工事禁止の仮処分を申請し、右仮処分決定に基づく執行がされたため、被告らは工事を中断した。

五  以上によれば、被告らが本件建物を薬局として長年使用し、今後も使用する必要性を否定し難く、また原告は本件建物以外にも不動産を所有しているものの、本件建物が既に建築後六〇余年を経過し、老朽化が著しいばかりか、地盤崩壊等の危険性すらあること、前示のように原告が本件建物を取り壊して今後の生活の基盤となる新しいビルを建築する必要性が高いと認められること、被告健次は本件建物を住居としては使用してないこと、被告健次が本件建物以外にも不動産を所有していること、本件建物の近隣には、被告健次が現住する、柳田八重所有にかかる柳田ビルが存在すること、したがつて、他の薬局との競合という問題はあつても、被告らにおいて薬局の移転先を見つけることは不可能ではないこと、その他前示認定にかかる諸般の事情を総合すると、原告の賃貸借契約の解約申入は、被告健次との関係において正当事由が認められ、かかる正当事由に基づく賃貸借契約の終了は、転借人である被告柳田薬局との関係においても正当なものというべきである。

第四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由がある。

(裁判長裁判官 石川善則 裁判官 永田誠一 裁判官 田代雅彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例